スタジオが原作に基づいて映画をつくる場合、原作者から映画化権をまるごと買う。そのなかには、当然更新後の権利も含まれる。しかし、原作者がいつ死亡するかは分からない。更新期間前に死亡してしまった場合には、スタジオは遺族や財産管理人を見つけだし、彼らに著作権の更新手続きをしてもらい、再度ライセンス料(使用料)を払って映画を売ってきた。もし、遺族らからライセンスを受けないでテレビ放映したり、ビデオを売ったりすると著作権侵害になるからだ。スタジオ関係者の話だと、スタジオは遺族らに使用料を支払うのが慣習だった。少なくとも、77年のRohauer判決が出るまでは…。

 この裁判では、「スタジオが原作者から更新後の権利を買っていれば、原作者がいつ死亡しても、遺族らに使用料を支払わないで映画を売り続けることできる」といったスタジオの慣習と全く逆の判決がでてしまった。払う必要のないお金は払わない。スタジオ側は、使用料の支払いを直ちに止めた。この判決をよりどころに、スチュアートとヒッチコックは、アーベンドを無視して、『裏窓』を再上映した。それに怒ったアーベンドはスチュアートらを相手に著作権侵害訴訟を提起したのだ。

 第一審のカリフォルニア州連邦地方裁判所は、Rohauer判決を支持し、スチュアートらに映画化権があるとした。アーベンドは上訴。第9巡回控訴裁判所は、原審を破棄差し戻す。そして、スチュアートらは上告。90年の連邦最高裁判所はアーベンドの主張を認める。Rohauer判決は覆される。スタジオの対応は?と言うと、従来の慣習にまた戻り、遺族らとの間で映画化権のライセンスを再度交渉しなければならない羽目になった。

 スタジオは映画化権をまるごと買ったにも拘わらず、原作者がいつ死亡したかによって、映画を売ることできたり、できなかったりするのは何故か?アメリカは何故、こんな複雑な法律をつくったのであろう。遺族らは、長い期間にわたって、遺族の場合は身内であるが、財産管理人は原作者と全く血縁関係がない人の著作権の使用料をもらい続けることができるのは、これ如何に?アメリカ著作権旧法の立法趣旨は、原作者が自分の書いた著作物の潜在的な経済価値を知らずに、権利を安い値段で売ってしまった場合、残された遺族らはこれに拘束されずに、更新の際、もっと良い条件で交渉できるようにセカンド・チャンスを与えている。映画が儲かったら、儲かった分スタジオから公正なシェアを分配してもらおうという訳だ。いかにもアメリカらしい発想だ。アーベンドの「裏窓」著作権は、2037年まで続く。 

 ハリウッドから映画を輸入する日本。アーベンドの判決がもし、日本にも及ぶとすると、いままで権利者だと信じていた人から買った映画配給権はどうなるのだろうか。アーベンドの訴訟代理人であるピーター・アンダーソン弁護士によると、「アーベンドは日本に行ってまで訴訟をする気はないし、それは経済的ではない」。著作権法専門のディビッド・ニマー弁護士によると、「アメリカでのアーベンド判決は、日本にも拘束力をもつという考え方も否定できないが、海外に波及することはない」とのこと。一応安心ということか。


 昨年注目を浴びたMGM対ソニーの『007』裁判。何故ソニーはジェームス・ボンドの映画をアメリカで制作・公開できないかと言うと、原作権がアーベンドになっているからだ。原作者であるイアン・フレミングは「サンダーボール」の著作権を更新する前に死亡し、財産管理人がアメリカでの更新手続きを行った。フレミングから「サンダーボール」の映画化権を譲り受けたマクロリーの権利は、アメリカでは既に消滅している。ソニーは、財産管理人からライセンスを受けない限り、アメリカでは『007』映画を作ることはできないという訳だ。
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