TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 『ピノキオ』の映画化権をめぐる訴訟 その2

 ここで、簡単に映画の著作権を説明しておこう。通常、スタジオが映画制作費を100%出資すると、完成した映画の著作権はスタジオに属することになる。どんな有名なプロデューサー、監督、脚本家、俳優たちでも、スタジオに雇われて仕事をするだけで、完成した映画に著作権を持つことはできない。無茶なように聞えるが、出資した人が権利をもつ。これが職務著作だ。
 アメリカの著作権法では、契約書がなければ、職務著作にはならないと規定している。コッポラとの間で職務著作の契約書がない以上、ワーナーのものとはならないはずだ。コッポラはそう考えていた。ところが、ワーナーにも言い分があった。ハリウッドでは慣習として、契約書を正式に作らずに、映画を制作してしまうことがよくあった。ハリウッドという村社会では、人間関係や力関係が幅をきかしているので、信用だけで巨額な資金が動く。ハリウッドの業界内にいる限り、口約束や握手だけでビジネスができたからだ。実際、コッポラ自身も過去においてワーナーと契約書なしに映画を制作したことがある。1993年にワーナーが配給した『秘密の花園』などでは、コッポラは契約書にサインをしていなかった。
 コッポラ対ワーナー。どちらにも言い分のありそうな訴訟であった。これに決着をつけたのが12人の陪審員たちだった。『ピノキオ』制作を妨害した損害賠償として、ワーナーに500万ドル請求していたコッポラに対し、請求額を遥かに超える合計8,000万ドルの損害賠償を与える陪審判決を下した。コッポラという“弱い”個人に対し、相手は潤沢な資金と巨大な組織をもつ映画スタジオ。法廷ドラマとしては善玉と悪玉の色分けになった格好だ。その色分け通りに、陪審員は明らかに“弱い”個人を味方した。裁判後、ある陪審員は判決の理由についてこう漏らした。「ワーナーが特に不正なことをしたという事実を見つけることはできなかった。でも、ワーナーの幹部たちが法廷で傲慢そうに見えたことは明らかに心証を悪くした」と。

 法廷映画『レインメーカー』('97)を作ったコッポラは、このとき、自ら法廷ドラマの主人公を演じた。判決後、1998年7月17日付けロサンゼルス・タイムス誌でのインタビューでコッポラは、映画会社の幹部を「映画ビジネスの人間ではない。単に株価を気にしているだけ」と切って捨てた。その上で、「ワーナーの幹部らが誠意をもって対処していれば、裁判せずに簡単に解決することができた。それなのに(ワーナーの)弁護士たちに誠意がなかったから、事態を泥沼に追いやってしまった」と批判。「子供たちに『ピノキオ』で描かれる尊厳、公正、やさしさ、そして他の人々への同情といった人間性の大切さを教えたかった。そうでないと、大人になって、(当時のワーナーの会長)テリー・セメルやボブ・ディリーのように人を傷つけても平気な人間になってしまう」と痛烈な一言を放っている。
 コッポラ対ワーナーの訴訟の第2ラウンドは、2001年3月23日にカリフォルニア州上訴裁判所で判決が下った。上訴裁判所は、「ワーナー側の弁護士は、自分たちがコッポラとの間に『ピノキオ』の映画制作に関する何らかの権利があったと思慮するのはいたしかたない」と判断し、コッポラ側の勝訴を覆した。当然のことながら、コッポラ側は最高裁判所に上告した。しかし、州の最高裁判所は、上訴裁判所と同様の判断を行い、コッポラの上告を棄却した。こうしてコッポラの映画企画『ピノキオ』は消えていった。
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