TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 肖像権とは(1)

 映画が産み出すキャラクターは著作権で保護される。しかし、ハリウッド・スターやスポーツ選手といった有名人の名前やイメージは肖像権で保護される。スターの名前や写真、イメージを何らかの商業目的で使用した場合に、その代償を支払わなくてはならない。この権利が肖像権だ。
 肖像権とは誰もが持っている訳ではない。顔や声、名前に商業的価値のある人に限られる。有名人の顔や名前を使えば、商品が売れる。だから、使用料を支払わなければならない。超有名人の肖像権となると、数百万ドル単位に跳ね上がるのも、それだけの商業価値があることの裏返しだ。

 アメリカでは、肖像権はコモン・ロー(判例法)で規定されているので、各州によって扱いが異なる。州によっては、本人が死亡すると肖像権も消滅すると規定しているところもあれば、死後70年間存続するよう定めている州もあるし、永久に行き続けるとしているところもあり、まさに州によってバラバラの規定をしている。そのため、全国ネットワークの放送網でコマーシャルを流したり、ビデオ販売したりする場合には、50州すべての法律をクリアしなければならないので大変だ。

 近年では、デジタル・テクノロジーの発展により、古い名画のワンシーンを現在のフィルムに合成することも可能となった。たとえば、エルビス・プレスリーとマドンナを共演させたり、若かりし頃のエリザベス・テイラーをコマーシャルに出演させたりすることもできる。日本でも、オードリー・ヘップバーンが主演した映画『ローマの休日』('53)のワンシーンを加工した飲料水のコマーシャルが話題を呼んでいる。このように、過去のスターに対する需要が増えると、肖像権の処理はより一層、複雑化しそうである。


■“フレッド・アステア”の肖像権を巡る裁判
 今は亡き稀代の名ダンサーで俳優フレッド・アステア(1987年死去)の遺族が、あるビデオ会社を相手どり、アステアの肖像権を争ったことがある。アステア対ベスト・フィルム&ビデオ社と呼ばれる訴訟だ。

 ベスト社は、アステアが主演した映画『セカンド・コーラス』('40)と『恋愛準決勝戦』('51)からの映像90秒間を、自社販売のダンス教材ビデオに使用した。その際、ベスト社は、アステア本人から肖像権の使用許可を受けていた会社から、再使用許可を得ていた。したがってベスト社は、肖像権の問題は解決されているという認識だった。

 ところが、アステアの肖像権を相続した未亡人はそうは考えていなかった。90秒間の映像に現れているアステアの肖像権を使用するには彼女の使用許可が必要だと主張して、1989年、カリフォルニア州連邦地方裁判所にベスト社を訴えた。

 カリフォルニア州の法律(民法第990条)では、商業的価値をもつ有名人の肖像権を使用する際、本人が死亡している場合には、遺族からの許可が必要と定められている。ただ、アメリカ憲法の根幹である表現の自由、報道の自由を尊重するため、いくつかの例外がある。演劇、書籍、雑誌、新聞、音楽、映画、ラジオもしくはテレビ番組に使用し、付随的にこれらを宣伝する場合には、宣伝や広告を主目的としたものでないので使用許可は必要ない。また、報道で名前や写真、イメージを使う場合も許可を取りつける必要はない。
 未亡人は、ベスト社ビデオが、アステア自身が契約書にサインしていた目的以外の使用にあたるから、別途に彼女からの使用許可が必要だと争った。第一審は未亡人の主張を認めたが、上訴審である第9巡回上訴裁判所はこれを覆した。

 上訴審では、肖像権の使用許諾が必要な場合とそうでない場合をこう説明している。まず、ある作家がテレビの歴史について雑誌用に原稿を書いているとしよう。その中で、ある有名人の名前を引用したとする。その場合、肖像権の使用許可が必要か。答えはノー。作家も雑誌社も使用許可を取る必要はまったくない。商品を宣伝広告するために、名前を使用しているわけではないからだ。では、車会社が車の新型モデルを紹介するために、ある有名人がその車に乗っている写真を雑誌に載せたとしよう。これは商品の宣伝を主目的としているので、肖像権の使用許可が必要とされる、というわけだ。

 アステアの映像を教材ビデオの冒頭部分に使うのは、その中で、アステアが何か商品を宣伝している訳ではないし、ビデオを購入するまで、アステアの映像をみることはないので、ビデオ自体の宣伝に寄与するともいえない。これはあくまで,素晴らしいダンスの例として取り上げられたもので、民法第990条の例外に当たるので、遺族からの同意は必要ないという判決を下した。

 納得いかない未亡人は、肖像権法の強化を求めてカリフォルニア州議会に対しロビー活動を展開した。結局、「フレッド・アステア法案」と呼ばれる新肖像権法案は、アメリカ映画協会、メジャー・スタジオそして新聞などの各メディアからの反対を押し切って、州議会を通過し、2000年1月1日に発効した。

 有名人の名前やイメージを商品の宣伝広告に使用する場合には、必ず遺族からの使用許可を受けなければならないことが改めて法制化された。さらに、これまでより保護期間を20年延長し、肖像権は死後70年間保護されることともなった。

次号につづく。
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