TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 ディジタル出版を巡る著作権問題(2)

 フリーランスのジャーナリストらがアメリカで巻き起こした著作権訴訟のつづき。タッシーニさんが提訴した訴訟の波紋は大きかったようだ。その背景には、こんな思惑もある。
 アメリカ著作権法の旧法によると、フリーのジャーナリストが執筆した記事を新聞、雑誌などに出版する際、そのジャーナリストが著作権者であると示す著作権表示(c)がないと、その記事はその場でパブリックドメイン(公共の財産)となってしまう、と規定していた。

 パブリックドメインになってしまったら、著作権を失うだけでなく、誰もが勝手に無断でその記事を使うことができるようになってしまう。ジャーナリストにとっては一大事。出版社はその優位な立場を利用して、著作権を出版社名義で表示して権利をとってしまったり、何も表示しないでパブリックドメインにしてしまうなどの方法で、フリーのジャーナリストの弱みにつけ込んでいたようだ(裁判書類から)。

 事態を憂慮したアメリカ議会は、著作権法を改正して、著作権者の権利を明確にしたそうだ。アメリカ著作権新法では、ジャーナリストが執筆した記事に著作権表示がなくても、編集著作物である雑誌に著作権表示があれば、その記事の著作権はジャーナリストに帰属すると改正した。
 さらに、新聞や雑誌の出版社がフリーランスのジャーナリストらが提供したコンテンツを複製したり、頒布できる場合を限定している。すなわち、(1)編集著作物そのものを出版する場合、(2)編集著作物を改訂する場合、(3)編集著作物を再販する場合、のいずれかに限って、著作権者の再許諾を必要としないとしている。

 これだけだと、どういった場合に著作権者の許諾が必要なのか分かりにくい。フリーのジャーナリストが仕事を受ける際、紙メディアでの出版なのか、それとも別のメディアをも含むのか契約書に明記されていればよいが、そうとは限らない。フリーランスに対して優位な立場にある出版社が、きちんとした契約書を作ってくれるかどうか。そうなると、業界での慣行も考慮されることになる。たとえば、別のメディアに掲載する場合には、別料金を支払ってきたとか、何らかの許諾をとってきたとかいった、業界の慣行が決めてとなりそうだ。
 2002年7月17日にニューヨーク州の連邦地方裁判所で判決が下された裁判を紹介しよう。CD-ROMで出版する権利を巡って、フリーのジャーナリスト・写真家がナショナル・ジオグラフィック社を訴えた裁判だ。Ward v. National Geographic Society

 原告であるフレッド・ワードさんの場合事情が少し違っていた。ワードさんがナショナル・ジオグラフィックに記事と写真を提供していたのは、1964年から1978年の間。したがって、アメリカ著作権旧法が適用される。これによると、出版社とジャーナリストとの間に契約書がなくても、出版社が依頼し、取材費用を払い、かつ出版社がジャーナリストの取材方法や執筆内容にあれこれコントロールできる立場である場合、できあがった記事は「職務著作」となって、著作権は出版社のものとなる、とされていた。旧法は、出版社にとってかなり都合の良い規定であったため、新法では改正されている。

 ワードさんの執筆した記事と撮影した写真のうち、いくつかについては当事者間に契約書がなく、出版社からの依頼と費用で取材していた。旧法によると「職務著作」となってしまう。しかし業界の慣行では、その費用は一回限りの「職務著作」の対価であり、別のメディアに出版する際、出版社は別料金を支払ってきたそうだ。ワードさんはこの事実を証拠として提出し、裁判所は、ワードさんの主張を認めた。
 過去の記事や写真をディジタルでアーカイブ化したり、検索データベースに収録したり、CD-ROMで出版する際、誰が権利をもっているのか、これからも争点となりそうだ。出版だけでなく、過去のコンテンツを別のメディアで再利用しようとする場合も同様。あらたなメディアが生まれると、あらたな法律問題も生まれる。
<<戻る


東宝東和株式会社