TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 アメリカ著作権法と人格権

 アメリカの著作権法では、原則として人格権というものを認めていない。人格権(moral rights)とは、創作物の同一性を守ることができる権利。権利者が勝手に創作物に手を加えることによって、創作物を本来の姿と違ったものにしてしまうことをストップできる権利である。創作者にとって、創作物は自分の子供のようなもの。他人に勝手なことをされては困る。

 対して、創作者にこういった人格権を与えてしまうと、権利者の商業的な利用を妨げてしまう。したがってアメリカでは、人格権は限定的な場合にのみ認めている。どういった場合に人格権が認められるかというと、視覚芸術といわれるジャンルに属する絵画、プリント、写真、彫刻などである。1990年の立法the Visual Artists Rights Act of 1990では、議会が視覚芸術に与えた人格権にも制限を入れ、当事者間の契約で放棄できることを決めた。契約で放棄してしまうと、創作者は人格権を行使することはできない。契約交渉力をもたない限り、創作者には厳しい規定だ。
 映画などの映像著作物には、もともと人格権はない。たとえば、モノクロで撮影されたクラシック映画を第三者が著作権を買い取り、その映画をカラーに作り直してしまうことができる。長編映画をバラバラに切って、短編に作りかえることもオッケーだ。デジタル技術が進む現在では、デジタル加工も可能だ。職務著作として映画製作に関わった人々には、著作権をゲットした第三者の加工を止めることができない。著作権を経済的な権利と位置づけるアメリカならではの立法である。

 アメリカの判例を紹介しよう。ギリアム対ABC【Gilliam v. ABC(1976)】だ。テレビ番組「モンティ・タイソン」の作者が、アメリカの3大ネットワークのひとつであるABCを相手に、90分の番組のうち24分カットしてテレビ放映しようとしたのを差し止め、損害賠償を請求した裁判だ。連邦第2巡回裁判所は、作者の人格権を認めなかった。しかし、当事者間の契約で番組を編集しないことにABCが同意していた点から、契約に違反して編集した番組を放映することは著作権違反になると判断。こういった問題が起こらないように、アメリカのテレビ局や配給会社は、契約交渉する際、番組の編集権を求めてくる。
 これに対して、人格権を広く認めている国がある。日本とフランスなどである。アメリカでは契約がない限り、映像著作物の編集、改変、加工、リメイクとなんでも可能だが、人格権を認めている国では、創作者の許諾が常に必要になる。創作者が人格権を契約で放棄していても、放棄そのものが無効ということもある。フランスの裁判例を紹介しよう。

 1954年に公開された『アスファルト・ジャングル』という映画の著作権をターナー・エンターテインメントが買い取り、カラー化してテレビ放映しようとした。ところが、この映画の監督であるジョン・ヒューストンの遺族と脚本家の遺族らが、「カラー化は映画を歪め、同一性を侵害するものである」とフランスで提訴した。フランスの裁判所は、原告らの人格権の訴えを認めて差し止めた。フランスでは『アスファルト・ジャングル』のカラー版を見せることはできない。その後、ターナーは原告らに損害賠償を払うことで和解した。ターナーにとっては、人格権があることで予想外の裁判手続きと出費を負うことになってしまったようだ。

 創作者に人格権を認める国と認めない国。コンテンツを海外に発信する場合、取引先の法律事情に熟知する必要がありそうだ。
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