TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 「カリスマ主婦」の功罪1

 マーサ・スチュアート(62才)といえば、「カリスマ主婦」と呼ばれ、世界中で有名になった起業家だ。単なるお料理番組のおばさんではない。スチュアートは、高学歴高収入の働く女性たちにハイソな家事のライフスタイル化を提案して、それを見事にブランド化してしまった。ハウツーものがお得意で、出版、テレビ、マーチャンダイジング、ネットを利用しての物販も手がけ、Martha Stewart Living Omnimedia(ニューヨーク証券取引所上場)なるメディア王国を一代で築き上げた。
 そのスチュアートが今トラブルの渦中にある。ひとつはアメリカの証券取引委員会(Securities and Exchange Commission)からインサイダー取引を行った理由で訴えられているからだ。これは民事訴訟なのでお金でカタがつくのであろう。困ったのは刑事告発の方だ。アメリカ合衆国から証券詐欺、偽証、虚偽の書類作成、司法妨害など9つの罪状で起訴されている。民事・刑事ともに2003年6月4日に提起され、係争中だ。刑事訴追なので、場合によっては刑務所行きというのもありだ。「カリスマ主婦」から刑事被告人への転落の一大事。
 スチュアートといっしょに告発されたのは、彼女の株や証券を管理しているピーター・バカノビックというメリル・リンチの社員ブローカーだ。バカノビックはスチュアートの代理人として、彼女のために株式情報や取引を代行してきた。株を取引する人や証券会社のプロのブローカーには、守らなければならないルールがある。インサイダー情報がそのひとつだ。インサイダー情報とは、公開されていない秘密でかつ重要な内部情報をいう。秘密の情報を知りうる立場の人間がそれを利用して株取引をすることは公平ではないし、内部情報を知りえない株主たちに損を与えるものだ。アメリカではインサイダー取引はご法度とされている。自分の利益追求に熱心すぎたのか、スチュアートとバカノビックはそのルールを破ったために政府から民事と刑事の訴訟を提起される羽目になったようだ。

 ことの起こりは、2001年12月27日。スチュアートが薬品開発会社インクロン(ナスダック上場)の持ち株全部を処分したことから始まる。インクロンはスチュアートと長年の友人である元経営者サム・ワクサルが作った会社で、がん治療薬の開発を行ってきた。インクロンは政府にがん治療薬の許可を申請していたが、申請が却下されるという内部情報をゲットしたワクサルとその家族が株価落下の直前に持ち株全部を処分して、逃げ切った(刑事訴追では逃げ切れなかった。現在刑務所で服役中)。
 売買金額は2,472,837ドルで、12月27日朝9時48分に取引を行った。なんと、ワクサルの株を売ったブローカーは、スチュアートのブローカーでもあったバカノビック。ワクサルの株処分を知り、そのことを早急にスチュアートに知らせるべく電話した。10時4分のこと。インクロンは1株61ドル53セントであった。スチュアート不在のため、バカノビックはメッセージを残した。メッセージを聞いたスチュアートは、バカノビックにコールバック。電話にでた彼のアシスタントから、ワクサルがメリル・リンチを介して保有していたインクロンの持ち株全部を処分したことを知らされ、すぐに自分の持ち株を全部処分するよう指示を出した。12月27日午後1時52分にスチュアートはインクロンの株を売却した。1株58ドル43セントであった。

 12月30日に政府がインクロンのがん治療薬の申請を却下したことを発表した。翌日の株式市場でインクロンの株価は45ドル39セントに落下した。スチュアートは株を売り抜けたことにより、228,000ドルを不当に儲けたといわれる。
 資産家のスチュアートにとって228,000ドルなんてハシタ金では? その程度の金額を儲けるためにインサイダー取引なんて危険なリスクを犯すかしら……と考えがち。しかしそれは結果論。刑事告訴状を見ると、スチュアートのインサイダー取引の罪状は大したことはなく、むしろ政府の調査が始まってからのスチュアートとバカノビックが共謀して口裏あわせを行い、証拠隠滅を行い、嘘の証言をしたことに重大な司法妨害があるようだ。特にスチュアートは、12月27日バカノビックからのメッセージを改ざんしたり、インクロン株処分は「株価が60ドルをきったときには、売りにだすよう契約があった」などと口裏あわせをしたり、またバカノビックは会社のデータまでも改ざんしていたそうだ。
■マーサ・スチュアートのサイト > http://www.marthastewart.com/page.jhtml?type=page-cat&id=cat7&prevLink=true
■マーサ・スチュアートの民事訴訟の訴状 > http://news.corporate.findlaw.com/hdocs/docs/mstewart/secmspb60403cmp.html
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