TEXT BY ミドリ・モール(弁護士・ライター)

 バービー人形訴訟 (1)

 アメリカ人はパロディが好きだ。とりわけ有名人とか政治家をパロった風刺は日常的に新聞や雑誌に現れる。一国の大統領までをも小バカに扱ったパロディは痛快だ。故にハリウッド映画でもパロディものは盛んであり、今年の夏の超ヒット作『シュレック2』などは、パロディ満載。『マトリックス』ばりのアクション・シーンから、サンセット通りの有名看板まで誰でも知っているシーンをパロディ化している。

 パロディになってしまえば、他人の著作物を勝手に使っても良いのであろうか? パロディはどこまで許されるのであろうか? 著作権対表現の自由の訴訟はバービー人形を巡ってアメリカで争われた。
 ことの起こりはトーマス・フォーサイスというユタ州に住む写真家が78枚のバービー人形を被写体とした写真を1997年に発表したことから始まる。写真のタイトルは、「フード・チェーン・バービー」(Food Chain Barbie)と名づけられ、裸のバービー人形がカクテルグラスの中でくつろいでいたり、ミキサーの中で逆さまになったり、オーブントースターやお鍋などでヘンテコリンなポーズをとっている。
 写真の下にDisclaimerという免責条項があり、フォーサイスは「バービー」に関する著作権や商標権といった権利はマテルというアメリカのおもちゃ会社が保有していることや、彼の写真はバービー人形のパロディであることを謳っている。フォーサイスはもとからマテル社の権利を侵害する意図はなかった。しかし、マテル社はそうは考えなかった。

 バービー人形の特徴は、長い金髪に青い眼と、細くとがった鼻。さらに細くて長い腕と足に、グラマーな胸という体型だ。イブニングドレスからスチュワーデスまでどんな衣装も美しく着こなす女性。どこの国でも理想の女性像というのがあるが、アメリカ人にとってバービー人形はまさに理想の女性像といえる。ハリウッド映画でもブロンド・バービーに負けじと美を競っている女優も多い。あの美貌を求めて全身整形する女性は少なくない。女性の社会進出が進んでいるといわれるアメリカですら、バービーもどきの女性がテレビや雑誌の表紙を華やかに飾っている。
 そのバービー人形がヌードで台所用品の中でヘンテコリンなポーズをとっている。フォーサイスにとってバービー人形はアメリカ社会において女性がはまってしまった理想美への強迫観念であり、バービー文化が作り出すアメリカ社会をパロディ化したメッセージであった。フォーサイスは「フード・チェーン・バービー」の写真をユタ州にある写真展とミズーリ州にあるアートフェアに出展した。他にポストカード、名刺とサイトに掲載した。「フード・チェーン・バービー」のポストカードは2,000枚ほど印刷して販売したが、売上は3,659ドルであった。フォーサイスにとって金額的には大きなビジネスにならなかったようだ。
 マテル社は探偵を雇って、フォーサイスの「フード・チェーン・バービー」写真の少なくとも半分を買い取っていた。そして1999年8月23日、フォーサイスと彼の会社であるWalking Mountain Productionsを相手取って、著作権、商標権などの権利侵害訴訟をカリフォルニア州連邦地方裁判所に提起したのであった。
※Mattel Inc. v. Walking Mountain Productions. C.D. Cal. No. CV-99-08543-RSWL N.D. Cal. No. CV-01-0091 Misc. WHA

バービー人形を巡る訴訟の模様は次回にお届けします。
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