TEXT BY 伊藤秀隆(監督/プロデュース/脚本)

 臨戦状態のアメリカ。そして反戦に立ち上がる俳優協会

 今月23日のアカデミー賞の授賞式を控え、各スタジオがあらゆる手を使っての攻防戦を見せている。しかし、今回は映画界だけでなく皆さんご存知のとおりアメリカとイラクが本当に戦争を起こそうとしているから大変だ。
 2001年9月11日に起きたツインタワービルのテロ事件時、アメリカ国民のかなりが「報復」を叫んでいた。ハリウッドも『ブラックホーク・ダウン』など愛国心を高めるような映画をリリースして世論を煽っていたような印象をうけた。しかし、あれから時も経ち「殴った相手を殴り返す」というブッシュ政権の方針には、さすがのアメリカ国民もあまりにも子供じみていると考えたのだろう。

 現在は、反戦を叫ぶ声があちこちで聞こえる。そんな中、昨年12月10日にキム・ベイシンガー、スーザン・サランドン、マット・デーモンといったハリウッドスター達が連盟で署名した書簡がブッシュ大統領のもとに送られた。
SAGマーク
 また、会見ではホワイトハウスを舞台にした米NBCテレビの人気政治ドラマ『ザ・ホワイトハウス(原題:The West Wing)』で大統領役のマーティン・シーンらが「イラク大量破壊兵器保持は断固認めないが、政府が国民に戦争をあおり立てるような現状は正しくない」とブッシュ政権の姿勢を批判。「ブッシュ大統領はフセイン氏への個人的な反感を満たすために戦争へ走ろうとしている。大統領はわれわれ市民の声を聞くべきだ」と訴えた。

 ところが、これらの行動に対し、SAG(俳優組合)に怒りのメールが押し寄せたのだ。メールの内容の殆どは、反戦を叫ぶスターの出演する作品をボイコットしろというものだった。これらのメールに対しSAGは今月、「俳優達のブラックリストを作るなどということは絶対に有りえない。言論の自由に対し不利益を設けることはこの国家でにおいてあってはならない事だ」とコメントした。

 反戦運動に熱心だったスターの一人、ショーン・ペンは、運動によりプロデューサーのスティーブ・ビングがペンとの契約を破棄したことに対して訴訟を起こしている。
 ハリウッドは元来リベラルな立場でエンターテイメントを製作する場所のはず。しかし、歴史を振り返ると様々な局面において政治にうまく利用されている。これは、結局のところハリウッド映画というものが「観客の人気」によって支えられているメディアだからに他ならない。

 客観的な立場で見れば「反戦」を叫ぶことは至極まっとうな行動である。しかし、ビジネス的な立場で言えばスターの政治的な立場を明らかにすることにより、戦争賛成を支持する観客からは受け入れられなくなってしまう。万人の支持が必要なスターには痛いところだ。
SAG本部。LA美術館の隣に聳え立つ立派な建物
 マイケル・マン監督の傑作「インサイダー」を例に出すまでもなく「当然の道徳」を突き通すことが時として、とても勇気がいることを認識させられる。「反戦」を叫んだスター達のアクションが、ブッシュ政権によってコントロールされたニュースを鵜呑みにして戦争を支持している人々の心を動かして欲しいものだ。というか、こう時期だからこそハリウッドはその映画の中で語って欲しい。「聖戦なんてない・・・。あるのは誰かが利益を求める戦いだけ」ということを。
<<戻る


東宝東和株式会社