TEXT BY フィーチャープレス 岩下慶一

 『ニューオリンズ・トライアル』を3倍楽しむ法 (2)

 さて、今週は<『ニューオリンズ・トライアル』を3倍楽しむ法>第二回です。
 その前に、一つクイズをお贈りしましょう。

・ダンナが肺がんでなくなったが、彼がタバコを吸っていたのは30年前で、その頃は「タバコに害がある」という表示がなかった。→ガンの責任はタバコ会社にある。
・大手ハンバーガーチェーンで手にコーヒーをこぼしてしまいやけどした→やけどするような熱いコーヒーを出した店が悪いわよ!責任とってもらうからね!
・濡れた猫を電子レンジで乾かそうとしたら死んでしまった→説明書に生き物を乾かしてはいけない、と書かなかったメーカーのせいよ。私のカワイイ猫ちゃん返して!!
 このうち、企業から賠償金が支払われたのはどのケースでしょう? 答えはもう少し読み進んでからにするとして、アメリカではここ20年くらいでこういうバカバカしい訴えが急増した。他人に迷惑をかけられたから訴えるというよりも、何か事が起こった時、関係者の誰かから金をとれないか? という発想で訴訟を起こす風潮が広がってしまったのだ。
 日本人の常識からするとちょっとまともではない。最近では、車のフロアマットがブレーキの下にまとわりついてペダルが踏めず事故を起こしたが、こんなフロアマットを付けたメーカーが悪い、と自動車会社を訴えたケースもあった。日本だったらきちんとフロアマットを敷いておかない運転手が悪い、という事になるだろうが、こんな言いがかりみたいな訴えでも、優秀な弁護士が担当すれば賠償金をがっぽり取れるのだからたまらない。さっきのクイズの答えは、「すべてのケースで和解金が支払われた」が正解。某ハンバーガーチェーンでは、その後ぬるいコーヒーしか出さなくなってしまいましたとさ。トホホ。
O.J.シンプソンの裁判も行われたLA最高裁判所
 アメリカの裁判所は、人々の紛争を解決するというよりも、他人から金をふんだくるための場所になりつつある。ちょっとした交通事故でも大企業を訴えて勝つ事ができれば大金が懐に入る。昨日まで貧乏していた人が事故のお陰でにわか成金、ベンツを乗り回すなんて事も実際多い。そして、こうした事態を加速しているのが一部の弁護士。こういう弁護士は、何かネタになりそうな事件を見つけて被害者に訴訟を起こす事を勧め、賠償金を山分けしましょうと持ちかける。

 被害者も、例え裁判に負けても自分が損する訳ではなし、うまく行けば数億円!の賠償金が転がり込んでくるのだから喜んで訴訟に踏み切る。こういう弁護士は、軽蔑を込めて「アンビュレンスチェイサー(救急車の追っかけ屋)」と呼ばれたりする。訴訟の種になる事故の被害者を求めて救急車を追いかける事からきている呼び方。この辺のシステムは、『エリン・ブロコビッチ』(00)に詳しい。もっともあれは正義の弁護士と悪の企業の戦いだったけれど、実際は言いがかりとしか思えないような裁判も多いのである。
 こうした“弁護士の飯の種”裁判の一つに、ここ数年米国で華々しく展開されているタバコ訴訟がある。タバコの害で病気になった人々を集めて数千人単位で訴訟を起こす、いわゆるクラスアクション(集団訴訟)がいくつも勃発し、大手タバコ会社は窮地に陥った。まさに『ニューオリンズ・トライアル』で描かれている世界なのだが、ここで重要な役割を果たすのが、映画の中でジョン・キューザックが演じる陪審員だ。

 お上が何でも評定してしまう親方日の丸の日本と違い、アメリカでは何事も自分たちの手で決めようという姿勢が強い。陪審員制度もその一つで、ごく普通の一般市民から選ばれた12人の人々が、裁判の結果を投票で決める。検事や弁護士は、陪審員に事件の成り行きを説明し、自分の望む方向に誘導する、言ってみれば説得係。裁判官の仕事は、審理を行う上で行き過ぎが無いかを監督するだけ。裁判の行方を握っているのはあくまで陪審員なのだ。
 この陪審員、学歴や社会的地位、知的水準はまったく関係なく、どこにでもいる一般市民から無作為に抽出される。中にはエライ人もいるが、普段はウエイトレスだったり学生だったり、はたまた昼のメロドラマを見るのが生きがいの家庭の主婦だったりと、要するにフツーの人々。この人達が、「コイツはワリ―奴だ」と思えば有罪になるし、「可愛そうに、こりゃ無罪だわ」と思えば無罪になってしまう。陪審員制度は、一般市民が決める公平な裁判、という側面がある一方、優秀な弁護士が陪審員を言葉巧みに “たらし込めば”どう見ても殺人を犯した事が明白な被告が無罪になってしまったりするわけ。(O.J.シンプソンの裁判を思い出した人はスルドイ)。

 こういう事実があるからこそ、『ニューオリンズ・トライアル』のランキン・フィッチ(ジーン・ハックマン)のように、影で陪審員を“操作”して、自分の側に有利な判決を出させるプロフェッショナルが登場してくるわけだ。自分サイドに有利な考え方をする陪審員を選んだり、反対する陪審員の弱みを掴んで脅迫したり、手段を選ばぬ方法で裁判を有利に運ぶのが彼らの仕事。『ニューオリンズ・トライアル』では、この辺が克明に描かれている。という訳で、次回をお楽しみに。
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