TEXT BY フィーチャープレス 岩下慶一

 『ニューオリンズ・トライアル』を3倍楽しむ法 (3)

 さてさて、「ニューオーリンズ・トライアルを3倍楽しむ法」第三回。前回は、陪審員制度の特徴を簡単に説明したが、今回は『ニューオーリンズ・トライアル』のストーリーにそって解説しよう。
 まず、ざっと前回のおさらい。陪審員は全部で12人。被告の有罪か無罪は、この12人の投票による多数決で決められる。言ってみれば裁判の結果を決める一番エライ人たち、の筈なのだが、彼らがごく普通の市民である事は前回説明した通り。市民の名簿の中から無作為に抽出された人々だ。
 名優ジーン・ハックマン演じるランキン・フィッチの仕事は、事件に有利な表決を下してくれそうな陪審員を選び出す事だ。物語の発端は、銃の乱射によって命を落とした男の妻が、銃メーカー、ヴィックスバーグ社を訴えるようとする所から始まる。こういう場合、銃によって自分の身を守る事は必要だ、と考えている人々が陪審員であれば裁判はおのずと有利になる。

こういう人々を見つけ出すために、フィッチはありとあらゆる手段を使って陪審員候補者に探りを入れる。この辺の仕掛けのすごさは『ニューオーリンズ・トライアル』に存分に描かれている。倉庫の一室に巨大な盗聴施設を設け、電話の盗聴、盗撮、聞き込み、それこそストーカーまがいの手段を使って、候補者のすべてのプライバシーを暴き出す。
これが陪審員控え室。このテーブルで有罪か無罪かが決められる
 こうして銃に肯定的な意見を持つ人間だけを選んで陪審員に据えるのだが、その中に一人だけちょっと気になる人物がいた。ゲーム販売店の店員、ニック・イースター(ジョン・キューザック)だ。過激なシューティングゲームが大好きな彼は、銃に対して抵抗感を持っていない事は明らかなのだが、その過去は一切謎に包まれている。一抹の不安を抱えながらも、フィッチは彼を陪審員に選ぶ。これが映画の中盤のあっと驚くどんでん返しの布石になるのだが、それはとりあえず置いといて…。

 『ニューオーリンズ・トライアル』に出てくる陪審員選定の裏工作は本当に行われているらしく、先週書いた、コーヒーをこぼして火傷を負い、ハンバーガーチェーンを訴えた裁判では、やはりコーヒーで火傷を負った経験がある人物を陪審員として選定したそうだ。もう一つ、陪審員の選定がいかに重要かを示す好例が、かの有名なロドニー・キング事件。交通違反を犯した黒人ドライバーを車から引きずり出して殴る蹴るの暴行を加えた警官たちが、その一部始終をビデオに撮影されてしまった事件だ。

 当時、このビデオは繰り返しニュースで流されたから覚えている方も多いだろう。警官達は暴行罪で訴えられたが、裁判はリタイアしたポリスマンがたくさん住んでいる地域で行われ、警官に好意的な人間が陪審員として選ばれた。結果、警官は全員無罪。元お仲間であれば有利な裁定を下してくれるのは当たり前である。
 一見公平な陪審員制度は、実はこういう欠点がある。だからこそランキン・フィッチのようなコンサルタントが暗躍してしまうのだが、『ニューオーリンズ・トライアル』ではこの辺を実にスリリングに、しかも分りやすく描写している。

 映画にも描かれている陪審員の生活だが、これがなかなか楽ではない。審理の間は外の世界から隔離され、家族との電話さえも制限されてしまう。テレビ番組も、審理に影響を与えるような過激なものは禁じられ、もちろんニュースも見られない。陪審員は施設にカンヅメにされ、弁護士と検察の両方の言い分だけを聞きいて表決を下す。

 前にも書いたが、陪審員というのは法律の専門家ではない一般ピープル。弁護士が彼らをうまく丸め込むのはそれほど難しくない。典型的なのが、先週少し触れO・J・シンプソン事件だ。有名なフットボール選手であったO・Jは、元妻を殺した罪で起訴されたが、金にあかして全米でもトップクラスの弁護士を何人も雇い、徹底的に無罪を主張。結果、アリバイもなく、O・Jの車の中には被害者の血痕があり、現場にはO・Jの靴の跡が残っていたにも関わらず、弁護団はかなり荒唐無稽な証拠デッチ上げ説を陪審員に信じ込ませ、あっと驚く無罪判決を勝ち取った。
 O・J裁判の様子は全米にテレビ中継されたが、面白いのは、大多数の人々がO・Jの犯行に違いないと思っていたこと。実際、どう考えても犯人はO・Jなのだが、ドリームチームといわれた優秀な弁護士たちは、重箱の隅を突付くような説明で陪審員に警官の証拠捏造を信じ込ませ、手品のごとき無罪判決をもたらした。陪審員達は言葉巧みな弁護士に言いくるめられて、あっさり“清き一票”を無罪に投じてしまったのだ。

 アメリカ社会の長所と短所がごたまぜになった陪審員制度だが、『ニューオーリンズ・トライアル』はこれを徹底的に描き切り、最高のサスペンス映画に仕立てている。悪役をやらせたら右に出るもののないジーン・ハックマン演じるフィッチ、フィッチと戦う善玉弁護士ローアにダスティン・ホフマン、そして、両者の間で最後まで正体の分らない謎の青年、ニック・イースター。映画中盤でのあっと驚く展開。派手なアクション映画と違い、演技だけでこれだけ手に汗握る緊迫感を作り出したゲイリー・フレダー監督の演出はさすがという他ない。

 今年イチオシのサスペンスドラマ『ニューオーリンズ・トライアル』、予備知識を仕入れ、映画の後に彼女にウンチクを傾ければ尊敬される事間違いなしです。
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