TEXT BY 尾崎佳加

 『ドーン・オブ・ザ・デッド』(2)
 映画に隠されたアメリカの現実

 前号に引き続きご紹介するホラー大作『ドーン・オブ・ザ・デッド』。今回は作品のみどころをご紹介……を予定していたのだが急きょ変更、先月の作品の全米公開と同時に起きた一つの論争を速報しよう。この映画が提示する新時代ホラーを絶賛する人々と、従来のホラー映画の概念を支持する人々で意見が真っ二つにわかれているのである。
 この映画の輝かしいデビューは先週お伝えしたが、話題作というのはいつも多くの議論を呼ぶ宿命にある。そのアイディアが過去に例を見ない斬新さをもっていれば、当然それまで主流だったイメージとぶつかることになる。『ドーン~』はハリウッドのホラー作品が持っていた通念を大きく覆したことで、論争に火をつけたのだった。
 まず、これまでのホラーは、得体の知れない恐怖がじわじわと忍び寄ってくるのを描くものが主流だった。恐怖が少しずつ歩を進め、主人公ににじり寄る。絶体絶命の状況で、生き延びる道を探して試行錯誤する主人公を軸にストーリーを展開させる。主人公は恐怖と戦いながら、勇気を奮い起こして戦いに挑む……、といった展開が多かった。ゆっくりと迫ってくる恐怖を表現することで、観客を映画に引き込み主人公に感情移入させる仕組みだ。
 『ドーン~』の画期的なところは、恐怖が物凄い速さで迫ってくる所にある。今までのホラー映画のジワリと来る恐怖、というパターンを完全に打ち破っているのだ。
この映画、何しろ展開が速い。息をもつかせぬテンポで、あっという間に物語が展開していく。ネタバレになってしまうので多くは書かないが、冒頭からこれほど飛ばす映画というのは珍しい。このスピード感に心をつかまれた人々は、「この作品はSupernatural(超自然)というニュージャンルを確立した」と絶賛。一方で、ジワリと来る恐怖が好きなオールドホラー愛好派は「MTVジェネレーションのための娯楽映画だ」と戸惑い気味。
この作品がスピードにこだわったのには理由があった。
 だが、『ドーン・オブ・ザ・デッド』が展開のスピードにこだわったのにはきちんとした理由がある。現実の感染がもたらす恐怖はまさにこのスピードなのだ。
コンピュータウイルスがあっという間に増殖してしまうのは皆さんも良くご存知だと思うが、実際のウイルスはこれにも増して早い感染速度を持っている。
 4年前、ウガンダを襲ったエボラウイルスは、発生後2週間で300人以上が感染、100人以上が死亡するという猛威をふるった。エボラウイルスは空気感染しない菌だが、それでもここまで惨事が拡がってしまった。あるシュミュレーションによれば、空気感染するウイルスを人口100万人以上の都市部でばら撒いた場合、最初の1時間で200人が感染、1週間後には数千人、1ヶ月後には数十万人が死亡する可能性があるそうだ。まさにネズミ算式に犠牲者の数が増えていってしまうのだ。
 この辺の怖さは、スティーブン・キングの「ザ・スタンド」に詳しく描かれている。また、感染のはびこる世界を描いた「コブラの眼」(リチャード・プレストン著)もお勧め。これを読んで危機を実感したクリントン元大統領が微生物災害への対策に強化を命じたのはあまりにも有名な話だ。大規模テロの武器として、ウイルスほど持ち込みやすいものはない。何しろ、その国から来た旅行者をウイルスに感染させればあとは自動的に持ち帰ってくれるのだから。空港のセキュリティーにも引っかからず、これを防ぐのはきわめて難しい。
感染のはびこる世界を描いた「コブラの眼」(リチャード・プレストン著)
 『ドーン・オブ・ザ・デッド』が従来のテンポのホラー映画だったら、“感染”の恐怖はまるでリアリティーのないものになっていたに違いない。この映画はホラーフィクションとというジャンル分けでは言い尽くせないポテンシャルを秘めた作品である。

 『ドーン・オブ・ザ・デッド』は傑作ホラーであると同時に私たちに対する警告でもあるのだ。
■『ドーン・オブ・ザ・デッド』公式サイト> http://dotd.eigafan.com/
■『ドーン・オブ・ザ・デッド』レビュー> http://www.eigafan.com/New_info/Review/dotd/index.html
<<戻る


東宝東和株式会社