TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 エスニック・シティNY/アイルランド系ニューヨーカー

 ニューヨークを舞台にした映画に刑事や警官、または消防士が登場したら、そのうちのかなり多くがアイルランド系に設定されていると思ってよい。昔マンハッタンはアイルランド系の街だった時代があり、今でもその伝統がニューヨーク・シネマには息づいている。
 たとえば社会派シドニー・ルメット監督の『Q&A』('91)のブレナン刑事(ニック・ノルティ)、アカデミー賞5部門を制覇した『フレンチ・コネクション』('71)のドイル刑事(ジーン・ハックマン)、日本でもオンエアされているテレビドラマ『NYPDブルー』('93~)の初代レギュラー、ケリー刑事(デビッド・カルーソ)、『ターク182!』('85)の消防士とその弟で作品の主人公であるジミー・リンチ(ティモシー・ハットン)などなど、みんなアイルランド系。

 ちなみに消防士を描いた作品でもっとも有名な『バックドラフト』('90)の舞台はシカゴだけれど、こちらも主人公のマッカフリー兄弟(カート・ラッセル、ウィリアム・ボールドウィン)はアイルランド系の設定で、作品ではアイリッシュの伝統をふんだんに見ることができる。
消防署の入り口に描かれたグラフィティ
 では、なぜ警官や消防士にはアイルランド系が多いのか。

 これは移民の歴史をさかのぼれば判る。19世紀にアイルランドを襲った“ジャガイモ飢饉”がニューヨークへの移民ブームの発端だということはよく知られている。人々は生き延びるために先を争って海を渡り、1900年にはマンハッタンの人口のなんと60%までがアイルランド生まれで占められるようになったという。

 けれど貧しくて高等教育も受けておらず、しかも“酒飲みで乱暴者”というステレオタイプなレッテルを貼られたアイルランド系がつける仕事といえば、厳しい肉体労働か、危険を伴う警官か消防士、またはギャングしかなかったのだった。もちろん人口の増加と共に彼らも徐々に政治的なパワーも持つようになり、後にはホワイトカラーも増えたのだけれど、父・子・孫…と代々に渡って警官や消防士の職についているアイルランド系の家族は現在も多く見られる。
アイルランド系のお巡りさんは態度もカジュアル
 だから今でも殉職した警官や消防士の葬儀には、キルトを身に付けたバグパイプ隊が参列し、物悲しいアイルランドの民謡「ダニーボーイ」を演奏する。このバグパイプ隊も警官や消防士で組織されており、先日、ある消防士はテレビ・ニュースのインタビューに応え、昨年の911事件のあと、亡くなった同僚の葬儀で100回以上は演奏したと辛そうに語っていた。
 移民ブームの頃のニューヨークのアイルランド系を描いた秀作が、ピューリッツァー賞を受賞した同名小説の映画化作品『アンジェラの灰』('99)だ。ニューヨーク/ブルックリンのアイリッシュ・コミュニティに暮らす極貧のマッコート一家が主人公。あまりの生活苦に堪え兼ねた一家は、とうとう故郷アイルランドへと帰るが、ニューヨーク生まれの長男は、町にあるミニチュアの自由の女神像を眺めてはニューヨークへの思いを募らせる。また、今ニューヨークの映画ファンが公開を心待ちにしているのが、マーティン・スコセッシ監督の新作『ギャング・オブ・ニューヨーク』(01)。これは当時のニューヨークで巻き起こったアイルランド系とイタリア系のギャング抗争を描いた作品で、主演はレオナルド・ディカプリオとダニエル・デイ・ルイス。
(以下、次号に続く)
グリーンに塗られた典型的なアイリッシュパブ


<<戻る


東宝東和株式会社