TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 デンゼル初監督作『アントワン・フィッシャー(原)』原作者トーク会

 デンゼル・ワシントンの初監督作品として話題になっている『アントワン・フィッシャー(原)』の原作者アントワン・フィッシャーのトーク&サイン会が開かれた。今回はその模様をレポート!
 現在公開中の『アントワン・フィッシャー(原)』は、少年期に里親から激しい虐待を受けた青年アントワン(デレク・ルーク)の苦闘と成長の物語。10代になって里親に家を追い出されたアントワンは、他に行き先もなく海軍に入隊する。しかし少年期の虐待から受けたトラウマのために怒りをコントロールできないアントワンは、軍隊内の精神科医(デンゼル・ワシントン)に会うように命じられる。カウンセリングを続けるうちにふたりの間には強い絆が生まれ、やがてアントワンは真の意味での成長を始める…。

 主人公の生き様に共感を覚えるのか、特に男性客の涙を誘っている本作だが、TVや雑誌などでの作品紹介の際には、いずれも三人の人物が大きくクローズアップされている。その筆頭は、もちろんオスカー男優で、今回、華々しく監督デビューを飾ったデンゼル・ワシントン。もう一人は、主役のアントワン・フィッシャー役で鮮烈なスクリーン・デビューを飾ったデレク・ルーク。そして、本作の原作と脚本を手掛け、さらには演技はズブの素人だったデレク・ルークを見いだしたアントワン・フィッシャー本人。
映画のポスターを表紙に使った文庫版「Finding Fish」
 そのアントワン・フィッシャーが、1月7日にハーレムのヒューマン・ブックストアで、本作の原作となった自伝『ファインディング・フィッシュ』のトーク&サイン会を開いた。現在43歳で、ジーンズの上下というカジュアルな服装で表れたアントワン・フィッシャーは、ブックストア内をぎっしりと埋めた約200人の聴衆から次々と投げかけられる質問に、物静かな口調でとつとつと答えていった。
 若い女性からの「原作によると、映画で描かれている以上の虐待があったようですが?」という問いには、「長時間に渡って映像でそれを見るのは(観客には)とても耐えられないでしょうから」との回答。虐待を受けた本人の口から出た言葉ゆえに、場内は一瞬しんと静まりかえった。

 ところが、次の質問「映画会社は、どうやって監督にデンゼルを連れてくることができたのですか?」に対しては、「デンゼルがこの本を見つけたんですよ」と会場を笑わせた。

 中学生くらいの少女の「同じ里親に育てられた他のふたりの少年は今どうしていますか?」という質問には、「一人は2007年まで刑務所に入っています。もう一人はいったんは入所したけれど、すでに出所しています」と答えた。これはアメリカの里親制度の不安定さを表すと同時に、その逆境から抜け出し、作家・脚本家として成功したアントワンの才能と努力、そして幸運さを伺わせた。
自著にサインするアントワン・フィッシャー
 また、詩人としての才能も併せ持っており、劇中のアントワン青年が諳んじる詩『誰が少年のために泣くだろう』も、すでに書店に並んでいる同名の詩集に収められいる。しかし次の作品に関しては、「映画公開にまつわる騒動が一段落したら、2~3年かけて小説を書きたい」と語った。ちなみに、現在はロスで妻とふたりの娘とともに平穏に暮らしているとのこと。
 なお、映画のタイトルが原作の「ファインディング・フィッシュ」から変えられたことについては、ガス・ヴァン・ザント監督の『ファインディング・フォレスター(邦題:小説家を見つけたら)』(00)との混同を避けるためだとのこと。こちらはニューヨーク・ブロンクスの黒人少年と、隠遁生活を送っていた小説家(ショーン・コネリー)との交流を描いた作品で、確かにタイトルだけではなくストーリーもやや似ていると言えるので、タイトル変更は賢明策。

 さて、映画の出来自体は、100%完璧とはいかずとも、初監督作品としては上出来の部類に入り、AFI国際映画祭やトロント国際映画祭では好評を得ている。なによりデンゼル・ワシントンならではの生真面目さが全面に表れており、好感の持てる作品だ。
『アントワン・フィッシャー』の原作「Finding Fish」表紙


<<戻る


東宝東和株式会社