TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 エスニック・シティNY/中国系ニューヨーカー

 アベル・フェラーラ監督の『チャイナ・ガール』('87)は、リトルイタリーに中華レストランが進出してくるシーンから始まる。今も実在する有名なイタリアン・レストラン“ルナ”の向かいにある店の看板が外され、中国人一家が“カントン・ガーデン”と書かれた看板を掲げようとしている。その光景をイタリア系アメリカ人たちが、なんとも言えない複雑な表情でじっと眺めている。
 ニューヨークのチャイナタウンはキャナル・ストリートを中心に広がっており、リトルイタリーとは隣り合っている。ところが80年代頃、人口が爆発的に増加した中国系がリトルイタリーにも移り住み始め、リトルイタリーの衰退とは逆にチャイナタウンは年々拡大。そういった状況下、当時の若者たちはそれぞれギャングのグループを結成し、対抗心をむき出しにしていた。

 映画『チャイナ・ガール』は、そんなチャイナタウンとリトルイタリーを舞台にした、中国系の少女タイ(サリー・チャン)と、イタリア系の少年アルベルト(ジェームズ・ルッソ)の禁じられた恋の物語。そう、『ウエストサイド物語』('61)のチャイニーズ&イタリアン・バージョンだ。ふたりの恋が燃え上るのと並行して、周囲のギャングの抗争もエスカレートしていくのだった。
リトルイタリーに進出した中国漢方薬の店
 人口が増えて勢いがついてきたとはいえ、やはり二級市民扱いをされている中国系アメリカ人は、それ故に閉鎖的になる。チャイナタウンの外に出たがる妹タイに、兄ヤン(ラッセル・ウォン)がこう告げるシーンがある。「おまえは中国人なのだからチャイナタウンに留まれ」。しかしタイの部屋でマクドナルドの包み紙やブルース・スプリングスティーンのレコードを見た兄は、タイがどれほどアメリカナイズされているかを知り、ため息をつくのだった。

基本となるストーリーはシンプルながら、ニューヨークに暮らすマイノリティの心情や、マイノリティ・コミュニティの移り変わりの様子が描かれているという点では大いに楽しめる作品だ。相も変わらず<中国人はミステリアス>という描写があるのが、やや気にはなるが。
 同じ時期のチャイナタウンを舞台に、中国マフィアと、一匹狼の刑事の死闘を描いているのが、マイケル・チミノ監督の『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』('85)だ。

 内面は残酷だが、洗練されたカリスマ性を持つ新しい世代の中国マフィア、ジョーイ・タイ(ジョン・ローン)はめきめきと頭角を現していく。そのジョーイを憎み、妻との生活をも顧みずに中国マフィア撲滅にのめり込んでいく白人のホワイト警部(ミッキー・ローク)と、中国系アメリカ人として苦悩しながらもチャイナタウンの暗部を世間に暴露していくテレビ・リポーターのアリアーヌ(トレイシー・ツー)。この三者の葛藤が、時に壮絶な暴力描写と共に描かれている。
『チャイナ・ガール』『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』にはこんな裏路地が登場する
 オリバー・ストーンによる脚本には人種差別用語が使われ、公開当時は批判もされたが、中国人マフィアのセリフ「ニガー(黒人の蔑称)とスピック(ラティーノの蔑称)の麻薬取引の横取りをしても、気をつけないとイタリア人にかすめ取られてしまう」からは、ニューヨークのマイノリティ同士の緊張関係を伺い知ることが出来る。
 マフィアものに疲れたら、ヤッピーなゲイの台湾系アメリカ青年を主人公にしたコメディ『ウェディング・バンケット』('93)がある。これは、いまやハリウッドの大物アン・リー監督の初期作品。

 ニューヨークで白人の恋人と暮らすウェイ・トン(ウィンストン・チャオ)は、台湾にいる両親に自分がゲイだと告げることができず、グリーンカードを欲しがっている画家のウェイ・ウェイ(メイ・チン)との偽装結婚を決意する。奇妙な三角関係が始まったところへ、ひとり息子の結婚を盛大に祝おうとニューヨークにやってきた両親が加わり、事態はますます複雑に。
近年のチャイナタウンには実は黒人も多い
 すっかりアメリカナイズされ、チャイナタウンではなく、ニューヨークの落ち着いたエリアに暮らす息子。アジアの価値観を信じる両親。自分の将来のために偽装結婚をする不法移民女性。家族間の感情のやり取りが繊細に描写されており、アジアの民族性と大都会ニューヨークという街のミスマッチが楽しめる。

 ニューヨークの中国系を主人公にした作品は少ない。しかし中国系もいまやニューヨークの中核を成すエスニック・グループのひとつ。メインストリームで活躍する中国系も多いし、彼らが自分たちのコミュニティの中と外をどんなバランスで往き来しているのかなど、テーマは多いはず。ハリウッドの今後に期待したい。
1階はスターバックス、2階はチャールズシュワブ


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