TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 オフ・ブロードウェイ情報『ファッキング A』

 戦時下ではあってもニューヨークのステージ・シーンはその活動を止めない。過激なタイトルを持つオフ・ブロードウェイ作品『Fucking A』は好評を博して4月6日まで上演期間を延長し、ようやく幕を下ろした。
 兄弟間の確執を描いた前作『トップドッグ/アンダードッグ』で昨年ピューリッツアー賞を受賞したスーザン・ロリ・パークスによる新作が、この『Fucking A』だ。

 この作品は、パークスが友人と小説「緋文字」について話し合っていた時に、ふざけて「Fucking A!!」と叫んだことに端を発して誕生した。「緋文字」は17世紀の清教徒女性の物語。牧師と不倫関係を結んで出産してしまった主人公ヘスターは、その罰として赤い「A」という文字を、いつも胸に付けていなければならなかった。「A」はAdultery(不倫)のことだ。この小説はデミ・ムーア主演により『スカーレット・レター』('95)として映画化されている。

 パークスいわく、「Fucking A!!」と叫んだのは他愛のない冗談だったにも関わらず、それ以来この言葉が頭から離れず、ついに作品として書き上げたのだという。
『Fucking A』ポスター
 『Fucking A』では、主人公ヘスター(S・エパサ・メーカーソン)は不倫を働いた女性ではなく、堕胎の専門家。毎日、手やエプロンを血まみれにしながら堕胎手術を行っている。医者ではなく、安い料金で堕胎を請け負う堕胎士は、胸に赤い「A」の入れ墨を彫り、それを常に見せていなくてはならない。この場合の「A」とはAbortion(堕胎)のことだ。
 ヘスターが堕胎士に身をやつしたのは、子供の頃から20年間も刑務所にいる息子モンスター(モス・デフ)の保釈金を貯めるためだが、ヘスターは同時にモンスターを警察に密告した市長の妻への復讐も目論んでいる。

 ところが脱獄したモンスターは相手が市長の妻だとは知らないままに強姦し、ヘスターが母だとは気付かないままに金を奪う。やがてヘスターとモンスターは再会して親子であることを確かめ合うが、モンスターは賞金ハンターに追われていた。愛する息子の魂を救うためにヘスターは、やむなく息子の喉を掻き切るのだった…。
パプリック・シアターのロビー。中央に見えるのはキース・ヘリングのオブジェ
 女性であるが故に耐えなければならない人生の理不尽さや、母の息子への深い愛を描いた、なんともショッキングで重たい作品だ。しかも舞台は血まみれとなる。
 しかし、それを観客に嫌悪感を抱かせずに見せてしまうのは、ヘスター役のS・エパサ・メーカーソンに依るところが大きい。メーカーソンは現役最長寿ドラマ『ロウ&オーダー』に長年レギュラー出演しており、アメリカ人なら誰もが知っているお茶の間の顔。NYPD分署の女性警部補の役だが、小太りで気さくな公立学校の女性教師といった風貌で、刑事たちが捜査に行き詰まった時には巧みにバックアップする。そんなメーカーソンが、重圧感のあるストーリーをうまく緩和している。

 息子役のモス・デフはニューヨーク・ブルックリン出身のラッパーだが、『チョコレート』(01)に出演するなど、最近は俳優としての活躍も目立つ。そのほかMTVオリジナル・ヒップホペラ『カルメン』(01)では、ビヨンセ・ノウルズ、メキ・ファイファーらと共演。パークスの前作『トップドッグ/アンダードッグ』にも主演した。独特の風貌と、その存在感にはすでに定評がある。
主演のS・エパサ・メーカーソン
 ところで、"Fuck" は放送禁止および発行禁止用語のため、テレビ番組のレビューではタイトルを伏せられ、新聞では「xxxxx A」と表記された。こういったプロモーション上の不利にも関わらずチケットは完売し、上演期間延長にすらなった。パークスのピューリッツアー受賞が影響していることは確かだが、ここはニューヨーク、良い作品は目の肥えた演劇ファンによって正しく評価されるのだ。


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