TEXT BY 堂本かおる(フリーライター)

 エスニック・シティNY/ユダヤ系ニューヨーカー その1

 アメリカの映画・音楽・メディア界を取り仕切っているのがユダヤ系だということはよく知られているところ。しかしユダヤ系自身の姿を描いた映画は意外と少ない。今回はニューヨークのユダヤ系社会を舞台にした作品を紹介します。
 ニューヨークには推定140万人以上のユダヤ系(ジューイッシュ)が暮らしているとされている。人口がはっきり分からない理由は、ユダヤという国が存在せず、国勢調査票に“ユダヤ系”という項目がないため。

 イスラエルが建国されたのは1948年だが、ユダヤ系は昔から世界各地に流浪の民として散らばっており、アメリカのユダヤ系移民もロシアや東欧、その他の国を経てやって来ている。そのためユダヤ系とは人種ではなく、ユダヤ教の信者を指すとされている。
 ところが、ひとくちにユダヤ教徒といってもその信仰スタイルは様々。なかでも外見ではっきりと分かるのが<ハシディム>と呼ばれる人々。男性は黒い帽子、黒いコート、長いヒゲ、もみあげ部分には長い縦ロールという独特の出で立ちだ。女性は黒、グレー、紺などの地味な服装で、ヘアスタイルは一見、普通のセミロングだが、実はかつらを着用している。

 世界最先端のファッションが溢れているニューヨークにいながらこういった服装で暮らしていること自体が、ユダヤ教になじみのない者にとっては驚きだ。
ユダヤ教ハシディム派の男性
 マンハッタンの47丁目(5番街と6番街の間)はダイアモンドの専門店が軒を連ねていることから“ダイアモンド・ディストリクト”と呼ばれるが、ここでは多くのハシディムが宝石商を営んでいる。

 ここで起きた殺人事件をメラニー・グリフィス演じる女性刑事が捜査する社会派ミステリーが『刑事エデン/追跡者』('92)。エデンは当初、閉鎖的なハシディム社会に入り込めず捜査に苦労し、いったん内部に足を踏み入れてからも、その特異さに圧倒される。一般のアメリカ人にとってもユダヤ系の信仰や習慣は未知のものなのだ。作品の評価は、実はさほど高くないが、テーマの特殊性は社会派監督シドニー・ルメットの面目躍如といったところ。
ダイアモンドのモニュメントが立つダイアモンド・ディストリクト
 ニューヨークのブルックリンにあるクラウン・ハイツと呼ばれる地区には、<オーソドックス・ジュー>と呼ばれる、やはり厳格なユダヤ教徒が暮らしている。

 こちらのグループにも黒い帽子に黒いジャケットを着用する人もいるが、男性も一般的な服装で、ヤムルカと呼ばれる直径15センチ程度の小さな黒い帽子を被っている人も多い。しかし最近はヤムルカのデザインもカラフルになってきていて、特に子ども用にはアニメ・キャラクターのついたものまである。
ダイアモンド・ディストリクトにある宝石店。『刑事エデン/追跡者』の殺人事件はこんな店で起こった
 このクラウン・ハイツ周辺にはカリビアン(黒人)の一大コミュニティもあり、以前からなにかと対立していたユダヤ系と黒人の2グループは、黒人少年がユダヤ系男性の運転する車に轢かれて亡くなったことを発端に“クラウン・ハイツ暴動”を起こしている。1991年のことだ。暴動の最中に、当時16歳の黒人少年が別のユダヤ系男性を刺殺しており、12年経った現在、折しもその判決が出されようとしている。

 このクラウン・ハイツ暴動の衝撃的な実写シーンから始まるのが『ブルックリン・バビロン』(00)だ。ヒップホップ・グループ、ザ・ルーツのタリク・トロッター演じるカリビアン青年ソルと、ユダヤ系の少女サラが偶然の出会いから恋に落ちるが、これはもちろん禁断の愛で、2グループ間の対立は深まっていく。

 作品の見所は、オーソドックス・ユダヤ系の宗教儀式や日常生活と、レゲエのミュージシャンに信仰者が多いラスタファリズの描写。年長の家族と共に宗教的な生活を送り、自宅ではユダヤの歌を歌う若者たちも、週末にはクラブに出掛ける。ところがこれがユダヤ系オンリーのクラブで、ステージでギターをかき鳴らすロック・ミュージシャンもヤムルカを被っているのだ。一方、カリビアンのミュージシャンたちは全員がドレッドヘアで、導師とも呼ぶべきレコード店のオーナーを囲んでマリファナを吸いながらラスタ談義をする。

 人種、宗教、生活習慣がここまで異なるグループが同じ街に暮らしていることの不思議さに驚かされ、ニューヨークがエスニックのサラダボウルであることを改めて認識させられる。(以下、次回に続く)


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