信仰心と人種偏見を背景に、さまざまな思いで走る二人の青年を描いた感動作

 昨晩(8月24日深夜~25日早朝)テレビ中継されていた世界陸上2003の男子100m走2次予選2組の模様をご覧になっていた方はいますか? アメリカのドラモンド選手とジャマイカのパウエル選手が機械でフライングと判定され、失格処分になりました。今大会から適用された「2回目以降にフライングをした選手は失格」というルールに基づくものでした。録画VTRをスローで何度見直しても、人間の視力では判定不可能な次元のフライングです。茫然自失しているパウエル選手とは反対に、ドラモンド選手は「I didn't move!」と叫びながら毅然と抗議をし、自分が走るはずだったレーンに寝転がって動かなくなりました。観客もこのフライング判定にはブーイングの嵐で、他の選手たちも最早走れる状況ではありませんでした。

 結局、この2次予選2組のレースは先延ばしされ、観客のブーイングが静まるのを辛抱強く待ち、ドラモンド・パウエル両選手は失格ということでレースが行なわれました。レースを待たなければならなかった他の選手たちもかわいそうでしたが、失格になった両選手の無念の表情、特にドラモンド選手のやり場のない涙には胸が熱くなりました。仕方のないこととはいえ、この状況で一体誰が彼らに「また次がある」といえるでしょうか。彼らには目の前のレースがすべてなのです。100mという距離をこの大会で走るためだけに、それまでの時間を費やし生きてきたのです。

 『炎のランナー』の主人公二人も同じです。彼らにとって走ることは生きることであり、生きることは走ることです。だからこそ、彼らにとって「何のために走るか」は人生そのものへの問いかけにもなっています。昨夜の世界陸上を見ながら、思わず『炎のランナー』を思い出しました。個人的でありながら、壮大なテーマを徹底したリアリズムで描いた『炎のランナー』は、アカデミー賞作品賞ほか、数多くの賞に輝きました。今だからこそ、観てほしい作品の一つです。


■ストーリー

 第一次大戦後の1924年、パリ・オリンピックにイギリスの代表で出場した二人のランナーがいた。一人は学生のハロルド・エイブラハム。ユダヤ人の彼は、民族的な偏見と闘うために走ろうとする。もう一人は宣教師のエリック・リデル。オリンピックに出るために伝道を一時中断し、神の御業を称えるために走ろうとする。彼はオリンピックに出た後に、中国で伝道活動をすることにしていた。
 トレーニングに励む二人は同じ種目に出場することになっていた。しかし、その予選が安息日である日曜日だということを知り、エリックは出場を拒否する。自分の信念を貫いて走った二人のランナーが得ようとしたものは何か、そして実際に得たものは何かを描いた名作。アカデミー賞作品賞ほか、全4部門受賞に輝いた。実際にパリ・オリンピックで金メダルを獲得した二人のイギリス人青年の実話にもとづいている。


■ここをチェック! 「何のために走るか」を真摯に描いたドラマ

●「走るとき僕は、神の喜びを感じる」劇中でエリックがいうセリフだ。普通以上に足が速いこと、つまり“才能”を、神から与えられた賜物として、神を称えるために走ろうとするエリック。彼は自分の栄誉や国家の栄誉のためではなく、神のために走ろうとする。
 伝道活動を中断してまで、オリンピックのためにトレーニングしてきたのに、予選が安息日の日曜日に当たる。悩んだ末に彼は「走らない」という選択をする。なぜか。それが信仰だからだ。
 問題は「何のためにトレーニングをしてきたのか」ではなく、「何のために走るのか」なのだ。だから、彼は皇太子の「走ってくれ」という言葉に対しても、毅然として自分の信仰を表明する。神を愛しているから走るエリックは、神を愛しているから安息日の予選を欠場する。

●ユダヤ人のハロルド・エイブラハムは、民族的な偏見と戦うために走ろうとする。当時、ユダヤ人であることがどんなことであるか、1921年以降、ヒトラーがナチスの党首になってからの歴史を考えても容易に想像できる。人種偏見と闘い、みんなと変わらない一人の人間として認めてもらうために走ろうとするハロルド。彼の姿は、1968年のメキシコオリンピックの陸上200メートルで、メダルを獲得した二人の黒人選手を思い出させる。アフロ・アメリカンの彼ら(Tommie SmithとJohn Carios)は表彰台で手袋をした拳を掲げ、ブラック・パワーを主張した。静かなる無言の主張。しかし、彼らの思いの深さをメダルは雄弁に物語る。マルコムXやマーチン・ルーサー・キング牧師が殺害され、公民権運動が熱を帯びていた60年代。彼ら黒人もまた、アメリカ市民として認められるために闘っていた。その姿は、ユダヤ人であるハロルドにそのまま重なる。


■ここをチェック! 人生は映画よりも映画的――胸を打つ実話

 登場人物の一人エリック・リデルは実在の人物。パリオリンピックの陸上400メートルで金メダルを獲得した選手だった。その後、宣教師として中国に渡ったが、第二次世界大戦中に日本軍の捕虜となり、終戦を待たずに亡くなった。
 彼の人生を簡単に綴っただけでも、映画が数本できそうなほど。人間一人が生きる以上の人生を歩んだといえるエリック・リデル。つねに自分と向き合い、自分の人生に使命にも似たものを感じていた彼は、時代に翻弄されながら、それでもそこを自分の<戦いの場>とし、決して諦めることも逃げることもなかった。その姿は、グランド上のランナーそのものだ。実話だからこそ、この映画の物語には、人の人生の偉大さを感じずにはいられない。


■作品DATA

炎のランナー
原題:CHARIOTS OF FIRE
ピクチャーディスク
124分/片面2層/カラー
ビスタ/16:9/LB/日本語・英語
ドルビーデジタル/ステレオ/英語
発売・販売元:FOX
DVD価格:\2,500(税抜)
■DVD詳細はamazon.co.jpまで> http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005ULCL/eigafancom-22
<スタッフ>
監督:ヒュー・ハドソン
製作:デヴィッド・パットナム
原作:コリン・ウェランド
脚本:コリン・ウェランド
撮影:デヴィッド・ワトキン
音楽:ヴァンゲリス

<キャスト>
ベン・クロス
イアン・チャールソン
イアン・ホルム
ナイジェル・ヘイヴァース
ナイジェル・ダヴェンポート
シェリル・キャンベル
アリス・クリーグ
デニス・クリストファー
<1981年アカデミー賞>
作品賞
脚本賞 コリン・ウェランド
作曲賞 ヴァンゲリス
衣裳デザイン賞

<1981年カンヌ国際映画祭>
助演男優賞 イアン・ホルム
アメリカ批評家賞 ヒュー・ハドソン
 
<1981年NY批評家協会賞>
撮影賞 デヴィッド・ワトキン
 
<1981年ゴールデン・グローブ賞>
外国映画賞
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