<ノー・マンズ・ランド>で孤立した二人の兵士と彼らを取り巻く状況をブラックな笑いで包む異色の戦争映画

 ここ数年、戦争をモチーフにした映画を多くみかけます。現実に戦争が起きている今、これまで観てきた「戦争映画」の観方がまた変わってくるかもしれません。

 数ある戦争映画のなかでも、他にはない独特なシチュエーションと巧みなストーリーテリングが際立つ異色作が『ノー・マンズ・ランド』。鋭い観察と考察、辛らつなブラックユーモアで織りなされた物語は、戦争の不条理を独自の視点でユニークに描き出しています。その周到に練られた脚本は各国の映画祭で大絶賛され、2002年度アカデミー賞外国映画賞を受賞。賛否が分かれそうなこの作品のラストには、大きく重い何かがのしかかっています。そして恐ろしい真実にたどり着いてしまうのです。「すべての戦争には終わりがない」という真実に。こんな時代にこそ、観るべき傑作です。


■ストーリー

 1993年6月。ボスニア紛争の最前線。霧で道に迷ったボスニア兵たちはいつの間にか敵陣に入り込み、セルビア軍からの攻撃を受ける。唯一の生存者チキは、なんとか塹壕にたどり着き身を隠す。そこはボスニアとセルビアの中間地帯<ノー・マンズ・ランド>。偵察に来たセルビア兵ニノと老兵士は、ボスニア兵の死体の下に地雷を仕掛けて引き上げようとするがチキに撃たれ、老兵士は死に、ニノは怪我を負う。チキとニノは睨み合いを続けるが、死んだと思われていたボスニア兵が意識を取り戻す。しかし、少しでも体を動かせばさっき仕掛けた地雷が……。塹壕から出ればどちらの軍からも攻撃されてしまうという緊迫した状況のなか、彼らは自分たちがなぜ争っているのか分からなくなる。やがて国連防衛軍、マスコミ、地雷処理班が彼らのもとにやって来る。一向に解決しない事態を手をこまねいて見ているだけの無力な国連軍、スクープに執着し右往左往するマスコミたち。そしてついに塹壕から出ることができたチキとニノは……。


■ここをチェック! とにかく特異でユニークなシチュエーション

 まずこの作品を観て思うのは、設定が他にはないほどユニークだということ。敵対する国の二人の兵士が<ノー・マンズ・ランド>という陸の孤島に取り残される。殺しあうことも友情を育むことも可能な状況に主人公たちを置くことで、戦争が究極的に“二人”という最小単位で描かれる。
 いがみ合い、にらみ合いながらも、どこかで心を通わせていく二人の兵士の姿はとにかくおかしい。なんで見ず知らずの相手をこんなに憎み、戦わなくてはいけないのかわからなくなりながら、「戦争だから」という理由で反目しあう。そんな彼らの姿に、戦争の真実が垣間見える。
(C)NOEPRODUCTIONS


■ここをチェック! リアリティとデフォルメの絶妙なバランス

 紛争当時、兵士としてボスニア軍に参加したダニス・タノヴィッチ監督。戦場で数多くの映像を撮ったが、参戦したのはそれが目的ではなく、ただ自分と家族を守るためだった。一兵士として戦争に参加したタノヴィッチ監督だからこそ描けるリアリティのある部分と、国連防衛軍やマスコミの描写に見られるブラックな笑いを誘うデフォルメされた部分。この2つのバランスが何ともいえず絶妙で、タノヴィッチ監督の手腕にはただただ脱帽するばかり。一歩でも塹壕から出れば敵が待ち構えているから、二人そろって軍服を脱ぎ、白旗がわりに振り回す。軍服を脱ぎ捨ててしまえば敵か味方かわからない。このあたりのエピソードもタノヴィッチ監督ならでは。
(C)NOEPRODUCTIONS


■ここをチェック! 「戦場での95%の時間」

 戦争がいかに無意味で悲惨なものか。それを語るのはある意味難しくはない。血みどろの戦闘シーンや若者が死んでいく場面、そんな目を覆いたくなるシーンを挿入すれば、誰でも戦争が嫌になるだろう。タノヴィッチ監督は「そうではない」という。実際、この作品には戦闘シーンが出てこない。彼はいう。

「戦場における時間の95%が、自分と自分を取り巻く環境との精神的な戦いだ」

 兵士として参戦したタノヴィッチ監督は、他の誰よりも悲惨な光景を目のあたりにしてきた。しかし彼はあえてそういうシーンを描かなかった。それは彼が実際に「戦場での95%の時間」を知っているからだろう。彼はこうもいう。

「自分の住んでいる町を敵に包囲され、焼かれたときに人がとる行動には3つある。逃げ惑うか、神に祈るか、武器を持って戦うか。私は戦うことを選んだ」

 だからこそ、この映画はやみくもに「戦争はよくない」と訴えたりしない。これほどメッセージ色の希薄な戦争映画も珍しいぐらいだ。戦争というものの滑稽さを、その状況に置かれた人間の姿をとおして描いている。それが『ノー・マンズ・ランド』だ。


■作品DATA

ノー・マンズ・ランド
原題:NO MAN'SLAND
2001年/フランス=イタリア=ベルギー=スロヴェニア/カラー/シネマスコープ/98分
ディスク:片面2層/ドルビーデジタル/ボスニア語/日本語字幕
発売元:アーティストフィルム/東芝デジタルフロンティア
販売元:ポニーキャニオン
価格:4,700円(税抜)
<スタッフ>
監督/脚本/音楽:ダニス・タノヴィッチ
撮影:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
録音:アンリ・モレル
美術:ドゥシュコ・ミラヴェツ
編集:フランチェスカ・カルヴェリ

<キャスト>
ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
カトリン・カートリッジ
サイモン・カロウ
ジョルジュ・シアティディス


■受賞DATA

・2001年度アカデミー賞
 外国語映画賞

・2001年度カンヌ国際映画祭
 脚本賞 ダニス・タノヴィッチ

・2001年度LA批評家協会賞
 外国映画賞
 
・2001年度ゴールデン・グローブ
 外国映画賞
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